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シンポジウム・ファシリテーターのまとめ

2014-03-11

グループディスカッション・岩手グループ
ファシリテーター:浜田進士
山田町の女子高校生にとって被災体験は3年たってもつらい。まずそのことを参加者は再認識させられた。けれども彼女たちは、多くの出会いと繋がりの中で、自らの体験を自分なりの言葉で整理し、復興にかかわろうとしていた。保育士、看護師など「受けた支援に対しておかえししたい」「山田町に貢献したい」という応答責任を明確に持っている。一方で、おとなたちに対して、外部からの支援に依存していると批判的でもある。参加者からは「無理しないで」「遠回りでもいいから、しばらくは自分のやりたいことをしてもいいのでは」という意見も出た。
後半は今後の生活基盤づくりや産業復興への関わりについても議論した。商店街・鉄道・牡蠣のオーナー制度など具体的な事例があがり、復興のために山田町と東京の人々が交流し続けていくことを確認した。

グループディスカッション・宮城グループ
ファシリテーター:谷川由起子
宮城グループは、南三陸町で津波を経験した高校生と、南三陸町の隣町で、多くの避難者の生活の場となっている登米市の高校生が、お互いの意見や考えに耳を傾け、自分の立場から返答するような形で進行した。
震災発生時から数週間の様子と、避難所での思い、少しずつ元気を取り戻したきっかけ等を南三陸町の高校生(当時は中学生)が話すと、「車で30分の距離なのに、自分には何もできないと感じていた」と登米の高校生が応じた。学校での避難訓練等の防災教育のあり方についても、高校生らしいしっかりとした意見を持っていた。
南三陸町の高校生は昨年もこのシンポジウムに参加し、「復興よりも、もとの町の姿を取り戻す復旧を」と語ったことを自ら振り返り、「今は町に対する気持ちも変わってきている」と語った。「自分たちの成長や変化と、町の復興のスピードが違いすぎる」という率直な言葉も聞かせてくれた。
登米市の高校生は、自分たちが津波被害を受けていないことについて罪悪感をずっと感じて来た一方、同じ高校生として「彼らの強さを尊敬する」とも語った。
これからも震災の体験を伝えたい、聞いて欲しい、知って欲しい、そして一緒に笑ったりしていこうと確認し、高校生同士の「エールの交換」のような時間を締めくくった。
※ このシンポジウムに参加した高校生の体験が、NHK「証言記録」で取り上げられました。
「宮城県南三陸町」~高台の学校を襲った津波〜
http://www9.nhk.or.jp/311shogen/link/program1.html (第14回・ページ中段)

グループディスカッション・福島グループ(県外避難者を含む)
ファシリテーター:林大介
福島の現状は、岩手、宮城の「復旧・復興」とは異なり、先行きが見えない不安感に覆われている。今回、県内で避難生活をされている中学生と、県外で生活されている中学生の5名から、「震災当時のこと」「3年が経過した今」「これから」について話していただいた。
「震災を忘れてはいけない。全国に知ってほしい。」「受験を乗り越えて福島県の教員になりたい。」「風評被害で差別を受けた。メディア報道の偏りを無くしたい。」「町のため、国の役にたちたい。」といった彼らの想いに対し、参加された方々は深く頷いていた。

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